病院の看護師辞めて離島で働いた話⑤ 働き方(一個人の感想です)
価値観。
一つの場所で、一人の看護師が経験した一つの事例です。
私が島に着いたのは金曜日です。
そして空港からタクシーに乗って病院行って寮に入ったのが↑です。
土、日は特にすることもなく、車もないので徒歩で行ける範囲で買い物と探索をしました。
「しまむら」があるというので、そちらで靴下ほかを買ったり、スーパーでティッシュとか日用品を買ったり。
病院行きのタクシーから、海が見えたので歩いて行ってみようと思いましたが、たどり着きませんでした。
島は小さいですが、見えた海は実は遠くて、少し歩くと長く伸びたさとうきび達に隠れてしまいました。
目印がないまま、誰もいない延々続くさとうきび畑の中を歩き続けるのは勇気が要りすぎました。
帰れなくなる可能性が高いので、知らない土地に来て2日位で地図のない冒険に出るのはやめておいたほうがいいと思います。(自販機もそうそうないし)
そうして月曜日。
出勤してオリエンテーション受けて、施設案内してもらって、事故防止と感染のちょっとした説明を受けて、病棟に行きました。
日勤の流れの説明と電子カルテの操作について説明を受けます。
そして翌日からは1人のメンバーとして仕事開始です。
一応重症度は軽くしてくれます。
しかし、ルールが特殊すぎるのです。
詳しくは書けませんが、私の後に来た看護師は全員絶望していました。
私の前に来ていた応援ナース達も勿論絶望したそうです。
「郷に入っては郷に従え」
その気持ちで行きました。
しかしそれまで自分が信じていた正しい医療との違いに絶望しました。
それまで「医療とは」「看護師とは」、という理想に近づくための自己研鑽を求められ、基準に達しない者は 切り捨てる、という世界で生きてきたのです。
他の人も大体そうだったのだと思います。
自分自身が許せなくて、はじめの1ヶ月は毎日辞めたかったです。
(私が入る前の人ですが、昼休憩時にいなくなり、そのまま辞めた人がいるらしいです。契約違反なので私はできませんが、私がもっともっと勝気な性格ならそうしたかったです)
でも行って、途中で辞めないで良かったです。
看護師も研修医も入れ替わりが激しくて毎月のように送別会があります。
そこで他の人も本当は悔しい思いをしながら日々仕事をしていたことを知りました。
不公平で過酷だったから、自分の価値観とか他の人の価値観とか、正しいとか間違ってるとか、普段だったら議論しないようなことを何度も話し、自分が信じていたものが絶対ではないと理解できました。
派遣仲間だけでなく、島の人との交流の中で、私の価値観で「間違ってる」と思う事でも、それを正そうとすることが相手の利益にならないこともあると知りました。
極端な話し、正しくないと私が喚いて、システムを変えようとして、それまで働いていた人たちが辞めてしまったら。
病院は継続できなくなります。
病院がほとんどなく、高齢者が多い島から、あの病院を奪う事があったとしたら。
島に住む人たちのためになんて勿論ならず、不幸にすることになります。
自分の信じていた正しさなんて、ただの押し付けなのかも知れないと分かったのです。
いっぱい悩んで、苦しんだけど、それは狭い世界で生きてきた私自身の「べき」とか、「であらればならない」とかいう考えが自分自身を責めていただけで、島の人は誰も私のことを責めていないと気付きました。
「若い人はビキニ着て、海で遊んで恋愛したらいいんだ」
当然のように島の人は笑っていいました。
自分自身ががんじがらめになっていた理想の看護師像なんて、別に求められていないんだと何度も言葉を変えて伝えてくれました。
明るくてのんびり屋で